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桜花の碑

鹿屋基地から出撃した特別攻撃部隊の中に、のちに人間爆弾といわれた小型ロケット機「桜花」パイロットとそれを搭載する一式陸上攻撃機の搭乗員を中心に構成された「神雷部隊」があった。

靖國神社の遊就館にも展示されているこの桜花は、自力では飛び立つことができず、母機に抱かれて攻撃可能な空域まで到達した後、切り離されて目標近くまで滑空し、ロケットエンジンに点火、猛烈な推力で速度を上げながらそのまま敵艦に体当たりするのだという。

空と海の違いはあるものの、人間魚雷といわれた特攻兵器「回天」と発想は同じだ。

切り離された時点で、生きる可能性はゼロになる。


桜花を抱いて飛ぶ攻撃機は、まさに母。

その母が「子」を切り離す瞬間、母機の搭乗員はどんな思いだっただろう。

そこに思いをはせるだけでも、つらくなる。


ただ、そのほとんどが目的を達することができず、敵艦隊のはるか手前で待ち受ける敵戦闘機に母機もろとも撃ち落されたという。






この神雷部隊の隊員たちが宿舎としていた小学校跡(野里小学校)と、出撃の前に基地指令たちと別れの盃をかわしたとされる場所に行きたくて、史料館の方に道順を教えてもらった。

だけど、いくら地図どおりに走ってみても、その場所がわからない。

薩摩半島に渡るフェリーの時間のこともあり、いったんは諦めたが、知覧から戻った翌日、帰りのフェリーの時間まで1時間半ほど余裕があったので、思い切ってもう一度その場所付近まで車を走らせた。

地図でいうと、やはりこの辺なのだが。


細い農道を入っていくと、やがて藪に囲まれた道端の一角にポツンと赤い鳥居が見えてきた。

あった…。

車もすれ違えないほど狭く駐車スペースもない道端に、「朝日神社」と書かれた鳥居とお社があり、その隣に20坪ほどきれいに整備された公園のような場所。

正面に「桜花」と大きく彫られた石碑、ここが別盃の地なのか。

関係者以外の人が訪れるのを拒むように一枚の案内標識さえなく、まるでこの空間が世の中から忘れ去られことを望んでいるかのようにひっそりと佇む。

当時と同じ位置に国旗掲揚塔が建ち、このエリアは自衛隊隊員の手で毎月清掃されているそうだ。

だからだろうか、周囲には凛とした雰囲気が漂い、ありがちな寂寥感は感じられない。




隣の小さな神社との間に、苔むしたお地蔵さんのようなものを見つける。

隣の碑はなんだろうか。無知なのでなにもわからないが、毘沙門天さまを彫っているようにも見えなくもない。

ただはっきりと理解できるのは、長い長い歳月を、この姿のままにこの場所にあり続けているということだけだ。

きっとあの時代、出撃して二度と帰らなかった隊員たちもここにひざまずき、掌を合わせたことだろう。


93890001.jpg


私も無心で祈った。

なにか言葉を探すのだけれど、なにも出てこなかった。




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No title

良い旅でしたね。
あらためて今の時代や自分たちの事など、思い直せますね。

桜花ですが、ロケット推進で母機から時速1000km以上で敵艦に向かうはずでした。
「永遠の0」の宮部久蔵が米空母からの機銃掃射を機体を滑らせ避けて体当たりしましたが、桜花には機銃の弾は当てられません!敵艦までの距離が桜花の航続距離内に入れば確実に戦果を挙げられたはずです。
ざんねんです。・・・・・

No title

言葉にすればするほど、「俺たちのことをそんなひと言で片付けていいのか?」と、はるかな歴史の向こうからとがめる声が聞こえてくるような気がします。

寒さがぶり返したとはいえ南国の陽射しはとても暖かく、海も輝いていました。

でもそれとは裏腹に、重い歴史を背負っているんだなと肌身で感じました。

鹿屋基地にある二式飛行艇、去年の暮れに大がかりな改修がされたそうで、塗装も風防ガラスもピカピカでした。

この世に現存するただ一機の二式飛行艇、「予算があれば、なんとかして屋内展示にしてあげたいんですけどね」と、資料館の方もこぼしておられました。
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Author:smile
わが家のワンコを溺愛する「わんこおやじ」。
本業(写真店)のかたわらワンコ用スイーツも作っています。

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