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70年前の手触り

知人から先日来、大切なものをお預かりしている。

私みたいなものの手元にあっていいのかという畏れを感じながらも、包みを開けて中のものに目を通すと…



戦地で撮られたものであろう、自分と戦友の写ったネガフィルム。

びっしりと細かな文字で書き込まれた教練ノート。 私たちが目にする大学ノートと変らない。 違うのは、文字の丁寧さと、内容のリアルさだけ。

これから行く場所が最後の任地になることを予期しているかのような、同僚に宛てた走り書きのメモ。 これは結局、同僚の手には渡らなかったということか。

きっと宝物のひとつだったのだろう、昭和何年か刻印の不明瞭な、靖国神社のメダル。

精緻なつくりの勲章。

そして、両親と兄弟に宛てた、遺書…。



つまり、軍人さんの遺品だ。


64420001.jpg



これは陸軍の軍隊手帳。

靖国の遊就館でボロボロになった手帳は目にしているが、裏の止め具がわずかに破れているものの、とても70年の歳月を経たものとは思えない手触りに驚く。

それはきっと、70年前と変らない手触り…。



天皇の勅語にはじまり、陸軍軍人としての心得が薄い半紙のようなページに延々と連なり、最後に数頁、持ち主の身分、経歴等がこれも緻密なペン字でびっしりと書き込まれていた。


64420002.jpg


ページをめくっていくと、「戦陣訓」つまり「戦場での心構え」が列記されている。


その中で、私でも知っている有名な言葉に

「生きて虜囚の辱めを受けず」

という一文がある。

旧日本軍の体質を語られるとき、この一節だけがクローズアップされ、独り歩きをしているようにも思えるが、この後には

「死して罪禍の汚名を残すこと勿れ」という文言が連なる。

ひらたく言えば、

「敵に捕まっておめおめ生き延びることは屈辱であるし、みっともない死にかたもしてはならん」

ということだろうか。


そんな言葉のひとつひとつが、伝え聞いたものではなく、たしかに今私の目の前に、ある。




昭和20年8月15日。 この日を迎えることなく散っていった兵隊さん、そして市民、そして生き残った人たち。 そのすべての人々が託した世の中の延長線上に、私たちは安住している。

うまいのまずいの、足らないの多すぎるだの、そんな瑣末な事柄に日々のエネルギーを費やしつつ…。



この日を境に、それまでの国のありようを全否定し、ふりかえってみれば、私の世代も含め、あのころの戦争のことは学校で教わったことなどなかったに等しく、ぬるま湯の中でなんとなくこれが「平和」なのかなと納得してきたこの国。


もちろん軍国教育というのも偏ったものに違いないだろうが、戦後の人々は、ある意味いびつな育ちかたをしてきたのではあるまいか。


このまま戦争の記憶が風化されていく前に、ひとつでもそんな「手がかり」をこの目にとどめておきたい。


70年前の手帳の手触りが、ますますその思いを強くさせてくれたような気がしている。



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Author:smile
わが家のワンコを溺愛する「わんこおやじ」。
本業(写真店)のかたわらワンコ用スイーツも作っています。

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