FC2ブログ

たかが犬

先日の日記をたまたま目にしていただき、辛い話題にもかかわらずコメントを寄せてくださった方、どうもありがとうございました。コメントに返信するのもどうかと思い、この場にてお礼申し上げます。


「たかが犬」、ではありますけど、私はラムやゆうきと一緒に暮らしてきたことで、どれほど多くのことを教えてもらい、どれほどたくさんの幸せをもらっているか計り知れません。


「お別れのときが辛くて、私はもう二度と犬を飼いたくない」

そうおっしゃる人はずいぶんたくさんいらっしゃいます。

でもそれは、それだけ多くの幸せの日々を愛犬と共有してきたことの裏返しでもありましょう。




ラムがこの世からいなくなって、早いもので10日が経ちました。

それでも生前ラムを気にかけてくださったお客さんが顔を見せたりするだけで胸が詰まってしまい、情けないことに、言葉が出てこなかったりします。

この1匹の雑種犬と過ごした時間を思うと、過去の記憶として心の隅にきちんと折りたたまれるまでには、私のような心の脆い人間にはまだまだ時間が必要なのでしょう。




今から8年前、このWANパク日記をつけ始めたころに書いたことがあります。

それは、「イヌを外で飼うのは、ラムで終わりにしよう」と決めたことでした。




私たちの世代、イヌを飼う動機のほとんどは、近所の飼い犬が子供を生んだからそれをもらってくるとか、学校帰りに神社の前に捨ててあったみかん箱の中の捨て犬を持ち帰ることから始まったように思います。

親を説得し、庭の片隅に粗末な犬小屋を作り、雨の日も風の日も鎖につながれて、人間の残飯を与えられ、飼い主の気が向いたときだけ散歩に連れて行ってもらえる。

犬とはそういうものだと、私は思っていました。




15年前、あるお家の縁の下に野犬が産み落とした仔犬を貰い受け、ラムと名前をつけたたときも、犬に対する考え方は昔の自分と大差ありません。

そして思ったのです。

「店の番犬にもなるし」





何年かしてゆうきを家族に迎え入れてから、私の犬に対する認識は大きく変りました。このことはゆうきに教えられたといってもいいかもしれません。

イヌは元来、どんなときも「家族」と一緒に居たがる生き物なんだ。

その意味では、人間同様、むしろ人間以上に家族の絆を求める生き物だったのです。




私の仕事が終わると、夜は一人ぼっちで店の裏で留守番を強いられるラムに対して、はじめて後ろめたい感情に襲われました。

車に乗りこむとき、いつもフェンスの向こうで心なしか悲しそうな目でラムは私を見つめます。

「どうして私は連れていってもらえないの?」

家族なのに…




その視線に対するせめてもの代償、いや、単に言い訳が欲しくて特に晩年のラムには大甘な飼い主になったのかもしれません。




わずか1mちょっとの鎖につながれ、体は汚れ、吹きさらしの小屋にうずくまる犬たち。

犬って、そういうものじゃん。と思う人がいても、それは人それぞれです。

犬は犬であって、人間じゃないのだから。

でも、それはひょっとしたら人間の思い上がりかもしれない。

どんな犬も、本当はいつも飼い主の足元にいたいんだ。


ラムとゆうきに教えられました。


たかが犬。


でも、大切な家族です。






スポンサーサイト
プロフィール

smile

Author:smile
わが家のワンコを溺愛する「わんこおやじ」。
本業(写真店)のかたわらワンコ用スイーツも作っています。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
FC2カウンター
FC2カウンター
現在の閲覧者数:
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR