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食欲ないけど

今この日記を書いているのが、10月12日。 退院してから半月が過ぎた。
入院中も結局食欲は上向かず、退院後に測った体重は、ミニマムの43kgまで落ちてしまった。
手術後の先生の指導も、まずなんとか栄養を摂取しましょうということだったが、ほんとうに何とかしないと体力ゼロ、筋力ゼロの状態から脱することができないままになる。

肉・・・ん~ 無理。 魚・・・だめかも。 寿司・・・パス。 
今までなら目がなかった食材にもまったく興味が向かない中、ジャンクフードやインスタント、なんでもいいから食べられそうなものを食べれるだけ食べる! 女房には申し訳ないけど、まずはそれを最優先に考えるようにした。それでカロリーが足りなければ、エンシュアの助けを借りればいい。

どの食べ物にも共通するのは、ひと口目を食べた瞬間に本来あるはずの「お、うまい!」という感覚がわいてこない。半ば義務感のように咀嚼しているうち、なんとか目の前のものを食べ終えるといったくり返しで、「食べる」という、本来は楽しみであるはずの時間はいつになったら戻るのだろう。

それでも食べるようになった結果、体重が昨日現在47kgまでに増え、なんとなくお腹がぽっこりしてきたような気がするが、これはよいことだと考えよう。


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汗が止まった!

正直なところ、摘出された腫瘍の病理検査でどういう結果が出るのか、それは私にはあまり関心がない。

それよりなにより、胸の中を圧迫している「できもの」を取り去ったことで、今まで自分の体に現れている症状になにか変化があるのかどうか、私の淡い期待と願望はそこにあった。


麻酔から醒め、やがて手足の感覚が戻ってくる。


あれ?


手がさらさらだ。 汗で湿っていない。

足はどうだろう。

ソックス越しに足を擦り合わせて確かめる。

やはり、汗はかいていない。

体幹部にいつも感じていた、ぞくっとする寒さもどこかへいってしまったようで、温度も快適に感じる。


戻った、のか?

ぬか喜びじゃないだろうか。


この後、少し時間を置いては、手足の感触を確かめ、それがぬか喜びではないことを実感するたび、何本ものチューブで繋がれた不自由な体で、「ウッシッシ」と不気味に笑い、小さくガッツポーズを繰り返した。






当日2

12時半に手術室に向かい、ベッドに乗せられ手術室を出たのは3時半だったという。

家族待合室で執刀医のH先生から女房と三女が聞いた話によれば

手術は順調に進んだ。

輸血もなし。

腫瘍は3cm大の大きさ→この後、病理検査へ。

腫瘍の心膜への癒着はなく、心臓からきれいにはがれたこと。

左肺に癒着があり、上葉部を一緒に切除したこと。

術中、低血圧で少し心配したこと。



なにはともあれ、無事に終わる。

先生、スタッフに感謝!



覚醒

麻酔で眠っている間、夢も見ず時間の経過がわからないまま、唐突に覚醒のときがやってきた。

視界がふわり、ふわりと徐々に開けてくる。ぼんやりと見えるのは、ふたりのナース。じっと私の顔を見つめている。

なにかくぐもった声が聞こえるが、その意味がわからない。

息苦しい。 一生懸命息をしようとするのだけれど、とても苦しい。

やがて目の前に手が現れ、気管チューブがずるずると抜かれていった。苦しさはMAXに達し、その後やっとまともに息ができるようになる。

ぼんやりした意識の中で考えたのは、気管チューブを抜かれるまでの時間というのは、逆回転してみるとそのまま「死」へとつながる感覚に近いような気がしたことだ。
だんだんと息ができなくなって、意識がなくなりやがて死を迎える。 これはたぶん、あたっているだろう。

その後どうやってベッドに乗せられたのかもわからないまま、次に意識が戻ったのは病室だった。女房と三女の顔が私を覗き込む。

還ってきた。 私もこのとき、思いきり安堵の笑顔を作ってみせた。





手術当日

朝から絶食。水は10時までOK。
もともと食欲がないので、空腹はまったく気にならない。

病室のベッドで手術着に着替え、足には血栓防止用という窮屈なハイソックスを着用して待機する。
11時ごろ、看護師さんから前のオペが早く終わったので、開始が早くなるかもしれないとの話。
いよいよか。

女房も到着し、こちらの準備はすっかり整った。

結局、当初の予定通り、午後1時少し前に呼び出しがあり、看護師さん、女房と手術室のあるフロアに下りていく。

ほどなく私ひとりがナースに導かれ、手術室に通された。
空調は快適で、かすかにJポップのBGMが流れている。
昨日説明に来てくれた麻酔医とナース数人がきびきびと動き、私はいわれるままに手術台に横になった。

ああ、寝心地がいいな。なんて場違いな感想を抱きながら、わりに冷静でいる自分。

執刀する先生はまだ姿を現さない。
そうか、いちばんの当事者でありながら、私自身はなにも知らないままにことが運んでいくのだ。

ナースが私の胸と腹に次々にシールのようなものを貼っていく。
「これから麻酔の点滴が入ります。 はい、もう少ししたら、左手に違和感が出てきますが、すぐに眠ってしまいますからね」
麻酔医の声が聞こえた。いよいよか。


ん~   あ、

左手首に、ふわりとした感覚


これか



これ  な    の



        か・・・






願い

いよいよ明日か…

ここまで、長かったな。

それにしても もっと早く なんでわからなかったんだろう。

いや、それを考えるのはよそう。

いろいろ紆余曲折があって、今がある。

今が、すべてだ。


明日、なにか変わるだろうか。

なにも変わらないかもしれない。

そう、そんなにうまく ことが運ぶものか。

でも、いろいろ辛いことのひとつでも変わってくれたらうれしい。

そう、ひとつでいい。

神様、この願いを叶えてくれますか。


いよいよ明日…



手術前日

19日昼過ぎ、入院。部屋は9階の呼吸器病棟だ。
外来で術前の検査をひと通り終えた後、部屋の荷物を整理しながら、看護師さんから今日これからの予定を聞かされる。
「明日からしばらくシャワーが使えないので、今日入っておかれたほうがいいですよ」との言葉でシャワールームを使わせてもらう。
鏡に映る、洗濯板のような胸。明日はここにメスが入る…

部屋は4人部屋で、それぞれに病状を抱えた患者さんがひっそりと静まり返っている。部屋は酸素吸入の音と、ときおり咳き込む声が聞こえるくらい。

「鈴木さんの手術を担当させていただくHです。どうぞよろしくお願いします」
呼吸器外科副部長のH医師が病室を訪ねてくださり、手術についての簡単な説明を聞いた。
左わき腹からカメラを入れて映像を見ながら腫瘍を取り除くのだそう。その間、右肺は動きを止められぺしゃんこになった状態で手術が進むと、これは前回のM医師の話で聞いていた。

「腫瘍の状況や動脈からの出血があった場合、途中で術式が変わることもあります」

この際だから先生に私の症状のあらましと、腫瘍を摘出したことで改善する可能性を聞いてみた。

「倦怠感や発汗の異常、食欲についてはなんともいえません。ただ、味覚の異常についてはごくわずかですがそういった症例もあるようですね」

う~ん、やはり、あまり多くを望むのは無理と言うものか・・・


その後、担当の麻酔科医師からの説明もあり、あとは明日の「そのとき」を待つだけとなる。付き添ってくれていた女房と三女にも帰ってもらい、長い夜の始まりだ。

夕食以降は絶食となるため、なるべくお腹に入れようとするが、病院の食事はどうしてこんなに味気ないのだろう。口に入れて咀嚼しようとしても、唾液が出てこずに飲み込むのが一苦労だ。結局三分の二ほどは残してしまった。

病棟内は静かだが、眠剤の効きが遅く、また足のだるさがひどくて寝付けなかった。


中村日赤

名古屋第一赤十字病院、通称中村日赤。
全面リニューアルされて、とても近代的な建物だ。
40年前のクリスマスの夜、この病院で妹があの世へと旅立った。これもなにかの因縁だろうか。

9月6日、2度目の診察日。まずはPET検査を受けた。
その結果を待って、担当の呼吸器外科部長、M医師の診察。
19日に入院、手術は20日に決まる。

手術の詳しい説明を別室で他の医師から受け、あとは入院についてのこまごまとした説明を聞いて病院を出たのは夕方近く。疲れた。

だけど、ここまできたら、もうレールに乗ったようなものだ。ゴトン、ゴトンと前へ進むだけ。



内科から外科へ

「2月に撮ったCTと先日の画像のどちらにも同じように映っていますね。はい、この部分、心臓の手前になります」
「鈴木さんの病名は、縦隔腫瘍。具体的には、胸腺腫といわれるものになると思います」

まだ若い女医さんだが、外科医らしい明快さでてきぱきと説明してくれる。

そして入院の段取り。
手術はこの病院では無理だそうで、先生の薦める名古屋第一赤十字病院に決まった。

内科から外科(呼吸器外科)へ。

ポイントでレールが切り替わるように、展開が大きく変わろうとしている。


女房の支え

考えてみれば、私の体がおかしくなって以来、その災厄はまぎれもなく私の周りの家族にも及び、なにかにつけ私の体調を案じる家族の思いはひしひしと伝わってくる。

いつしか支える立場から、支えられる側へ。

なかでも女房は、本来なら私がしなければいけない諸々の雑事をすべて受け止め、ひとつもいやな顔をせずこなしてくれている。
毎日の店番、家の内外の片付けもの、ゴミ出し、庭の草むしり、町内の行事、家事一切に、要支援1から要介護1に昇格した婆さんの世話などなど・・・おっと、私のマッサージもそうだ。
この8ヶ月あまり、女房の気が休まるときはあっただろうか。

今年になって私に安息の日がなかったのと同様に、楽しいことなど何ひとつないはずなのに、いつもと変わらない笑顔を見せる女房にどれだけ励まされているかわからない。







プロフィール

smile

Author:smile
わが家のワンコを溺愛する「わんこおやじ」。
本業(写真店)のかたわらワンコ用スイーツも作っています。

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