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判明

精神科クリニックの最初の受診日、詳しい問診とテスト(紙に樹木の絵を描く)などのあと、先生からおもむろに言われた診断名は、
「うつ病です、それに不安障害がありますね」

いったんは「まさか自分が鬱病なんて」と内心否定的だった病名が、このときはすんなりと腑に落ちた。なにより、1年数ヶ月の間ずっと隠れていた犯人が、ついに姿を現したという思いが気持ちをほっとさせた。

相手が、見えた。 しかし、鬱病。

「じっくり治していきましょう」

先生が力強く、背中を押してくれた。


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展開

年が明けても体の不調は一向に改善することがない。精神安定剤と睡眠薬のおかげで何とか寝られるだけが、せめてもの救いか。
家族もいろいろ心配してくれ、症例が似ているといってはさまざまな検査を勧めてくれる。
ブルセラ症、アジソン病、結果はどれもシロ。
最後に血液内科を紹介してもらい、白血病の検査をお願いした。妹もこれで命を落としているだけに、なんとなく予感があったのだが。
結果、これもあっさりと否定された。良かったことには違いないが、内心はどこを探しても見つからない犯人探しに焦りと不安がピークに達していた。

これだけ体が不調なのに、何なのだ。なにをするにも力が入らず、意欲も出てこない。ほんの少しの仕事をこなすのに体はぐったり疲れ、いっぱいいっぱいの毎日。

2月の精神科の診察日、O先生から精神科の転院を勧められる。
この病院では出せる薬に限りがあるし、信頼できるクリニックがあるからと、紹介状を書いてもらうことになった。

やはり、原因は「うつ」だったのか。先生は間違いなく確信があるようだった。

なにが原因であるにせよ、これで犯人に一歩でも近づければこんなに嬉しいことはない。
3月、紹介状が出来上がる日を待って、精神科クリニックを訪れた。

見えない相手

退院時に10数年世話になっている循環器の主治医から、心臓に負担をかけないことと、突然死のリスクについて再度説明を受けた。
原因が未だわからない体の不調に加え、心臓の不具合とも付き合っていかなければならない。

利尿剤のおかげで体から余分な水分が抜けた分、体重はまたミニマムに逆戻りで、なにをするにも力が入らない。
とにかく食べれるものを食べよう。ジャンクだろうがなんだろうが、口に合うものだけでも少しずつエンシュア・リキッドとあわせて腹に入れるようにした。年末にかけて体重は微増。

体のだるさや意欲の減退は少しも良くなることはなく、平成30年が暮れようとしていた。
前の日に比べて今日は少し調子がいいなんて日は一日もなく、見えない相手からサンドバッグのように殴られっぱなしの、毎日が罰ゲームのような一年だった。

むくみ

一難去って・・・とはまさにこのことか。

休みの日に一年以上ほったらかしておいた庭木の伐採や草取りをした。普通ならなんでもない仕事量も、体力のない私にとってはかなりの負担だったらしい。
加えて翌日から二日間、大きな葬儀の撮影があり、これで限界を超えてしまう。
少し体を動かすだけで、息が上がり、呼吸困難状態に。
体重はますます増加して、手足を一目見ただけでもむくんできているのがわかった。

ああ、これは、心臓かな。

私は心筋症の持病があり、最初に病院のお世話になったときと同じ状況だったから、これは早く病院へ行かなきゃと思ったのだが、ここからまた二三日我慢していたのがさらに症状を悪化させた。

水曜日、朝一番に病院へ行き、症状を伝えると、すぐに点滴をしながら検査が始まった。
心エコーでは通常よりも倍ぐらいの時間をかけて念入りに検査をしている。視界の隅のモニター画面を見ると、心臓の弁の動きが素人目にもめちゃくちゃに映る。

「すぐに入院ね」 診断は心不全。

こうして今年3度目の入院生活が始まった。
胸部にかなりの水がたまっているため、利尿剤でどんどん体外へ排出する。
入院二日目には5.3L、三日目には5.4Lの尿が出て、看護士さんや先生を驚かせた。


断薬

「先生、サインバルタとレメロンを止めてみたいんですけど、どうでしょう?」

名古屋第一日赤を退院後、比較的体調も良いことがあって、精神科のO先生に処方されている抗うつ剤をやめることを相談してみた。
この種の薬は一気に止めることは危険で、徐々に体から抜いていくことが重要なのだそう。
「2週間ごとに少しずつ減らしていきましょう」

一日2錠が1錠になり、そして2日に1錠になったころからめまいやふらつきが出始める。
それがようやく治まりはじめたと思ったら、今度は頭の中でザッザッと電流のようなものが流れるようになった。とくに眼球を左右に動かすと、ザッという音とともに一瞬平衡感覚が奪われそうになる。
これが離脱症状か。

一時は「なんとかしてくれ!」と叫びたくなる衝動に駆られるときもあったが、我慢できないことはなく、徐々に電流が流れることもなくなり、断薬後、一カ月あまりで気にならないレベルまで落ち着いてきた。

服用することでこれらの薬が私にどのような作用をおよぼしていたのか実感することはなかった。というよりもともと必要としていなかったのだと思いたいのだが、止めるにあたって体が悲鳴を上げそうになるのを実感すると、これらの薬がどれだけ体を支配していたのか、その強さにあらためて驚かされた。


この頃、体重も日に日に増加し、43kgまで落ちていたのが50kgを超えてきた。あまりの増加ぶりに首を傾げたくなることもあったのだが、これがこのあとの災厄につながるとは思ってもみなかった。

食欲ないけど

今この日記を書いているのが、10月12日。 退院してから半月が過ぎた。
入院中も結局食欲は上向かず、退院後に測った体重は、ミニマムの43kgまで落ちてしまった。
手術後の先生の指導も、まずなんとか栄養を摂取しましょうということだったが、ほんとうに何とかしないと体力ゼロ、筋力ゼロの状態から脱することができないままになる。

肉・・・ん~ 無理。 魚・・・だめかも。 寿司・・・パス。 
今までなら目がなかった食材にもまったく興味が向かない中、ジャンクフードやインスタント、なんでもいいから食べられそうなものを食べれるだけ食べる! 女房には申し訳ないけど、まずはそれを最優先に考えるようにした。それでカロリーが足りなければ、エンシュアの助けを借りればいい。

どの食べ物にも共通するのは、ひと口目を食べた瞬間に本来あるはずの「お、うまい!」という感覚がわいてこない。半ば義務感のように咀嚼しているうち、なんとか目の前のものを食べ終えるといったくり返しで、「食べる」という、本来は楽しみであるはずの時間はいつになったら戻るのだろう。

それでも食べるようになった結果、体重が昨日現在47kgまでに増え、なんとなくお腹がぽっこりしてきたような気がするが、これはよいことだと考えよう。


汗が止まった!

正直なところ、摘出された腫瘍の病理検査でどういう結果が出るのか、それは私にはあまり関心がない。

それよりなにより、胸の中を圧迫している「できもの」を取り去ったことで、今まで自分の体に現れている症状になにか変化があるのかどうか、私の淡い期待と願望はそこにあった。


麻酔から醒め、やがて手足の感覚が戻ってくる。


あれ?


手がさらさらだ。 汗で湿っていない。

足はどうだろう。

ソックス越しに足を擦り合わせて確かめる。

やはり、汗はかいていない。

体幹部にいつも感じていた、ぞくっとする寒さもどこかへいってしまったようで、温度も快適に感じる。


戻った、のか?

ぬか喜びじゃないだろうか。


この後、少し時間を置いては、手足の感触を確かめ、それがぬか喜びではないことを実感するたび、何本ものチューブで繋がれた不自由な体で、「ウッシッシ」と不気味に笑い、小さくガッツポーズを繰り返した。






当日2

12時半に手術室に向かい、ベッドに乗せられ手術室を出たのは3時半だったという。

家族待合室で執刀医のH先生から女房と三女が聞いた話によれば

手術は順調に進んだ。

輸血もなし。

腫瘍は3cm大の大きさ→この後、病理検査へ。

腫瘍の心膜への癒着はなく、心臓からきれいにはがれたこと。

左肺に癒着があり、上葉部を一緒に切除したこと。

術中、低血圧で少し心配したこと。



なにはともあれ、無事に終わる。

先生、スタッフに感謝!



覚醒

麻酔で眠っている間、夢も見ず時間の経過がわからないまま、唐突に覚醒のときがやってきた。

視界がふわり、ふわりと徐々に開けてくる。ぼんやりと見えるのは、ふたりのナース。じっと私の顔を見つめている。

なにかくぐもった声が聞こえるが、その意味がわからない。

息苦しい。 一生懸命息をしようとするのだけれど、とても苦しい。

やがて目の前に手が現れ、気管チューブがずるずると抜かれていった。苦しさはMAXに達し、その後やっとまともに息ができるようになる。

ぼんやりした意識の中で考えたのは、気管チューブを抜かれるまでの時間というのは、逆回転してみるとそのまま「死」へとつながる感覚に近いような気がしたことだ。
だんだんと息ができなくなって、意識がなくなりやがて死を迎える。 これはたぶん、あたっているだろう。

その後どうやってベッドに乗せられたのかもわからないまま、次に意識が戻ったのは病室だった。女房と三女の顔が私を覗き込む。

還ってきた。 私もこのとき、思いきり安堵の笑顔を作ってみせた。





手術当日

朝から絶食。水は10時までOK。
もともと食欲がないので、空腹はまったく気にならない。

病室のベッドで手術着に着替え、足には血栓防止用という窮屈なハイソックスを着用して待機する。
11時ごろ、看護師さんから前のオペが早く終わったので、開始が早くなるかもしれないとの話。
いよいよか。

女房も到着し、こちらの準備はすっかり整った。

結局、当初の予定通り、午後1時少し前に呼び出しがあり、看護師さん、女房と手術室のあるフロアに下りていく。

ほどなく私ひとりがナースに導かれ、手術室に通された。
空調は快適で、かすかにJポップのBGMが流れている。
昨日説明に来てくれた麻酔医とナース数人がきびきびと動き、私はいわれるままに手術台に横になった。

ああ、寝心地がいいな。なんて場違いな感想を抱きながら、わりに冷静でいる自分。

執刀する先生はまだ姿を現さない。
そうか、いちばんの当事者でありながら、私自身はなにも知らないままにことが運んでいくのだ。

ナースが私の胸と腹に次々にシールのようなものを貼っていく。
「これから麻酔の点滴が入ります。 はい、もう少ししたら、左手に違和感が出てきますが、すぐに眠ってしまいますからね」
麻酔医の声が聞こえた。いよいよか。


ん~   あ、

左手首に、ふわりとした感覚


これか



これ  な    の



        か・・・






プロフィール

smile

Author:smile
わが家のワンコを溺愛する「わんこおやじ」。
本業(写真店)のかたわらワンコ用スイーツも作っています。

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